
交換日記から始まるホワイト企業化。
洋菓子店ケー・サヴールの「継続と革新」
パティスリー ケー・サヴール
オーナーシェフ/宇佐川善久さん
公開日:2026年8月6日

「お店には毎日、小さなドラマが生まれている」
“つくり手の物語”を届けるインタビュー連載Peops(ピープス)は、
その語り手を訪ね、情熱の源泉をそっと掘り起こしてきました。
今回の舞台は、広島市安佐南区の洋菓子店「パティスリー ケー・サヴール」さん。
産休・育休制度、週休2日、AIレジ……
古い慣習を迷わず手放し、良いと思ったものを積極的に取り入れて、
ホワイト企業化を掲げて前進するオーナーシェフ・宇佐川善久さんにお話を伺います。
事務所でまず目を奪われたのは、スタッフとの“交換日記”という名の日報。
人が増え、会話が途切れかけた2009年、アルバイトのひと言をきっかけに始まりました。
以来17年、宇佐川さんは毎朝欠かさず20冊以上のノートに赤ペンで返事を書き続け、使い切ったペンはおよそ100本。この日記から5人の独立オーナーが羽ばたいています。
「人を大切にするなら、まず言葉を尽くすこと」。
30年の試行錯誤が刻まれた豊かな表情で語る宇佐川さんに、
連帯感が芽吹くしくみと“変わり続ける店”の哲学を伺います。
取材にご協力いただいた人

- 宇佐川 善久 さん
- パティスリー ケー・サヴール
オーナーシェフ - 洋菓子専門学校卒業後、ホテルや洋菓子店で経験を積み、1996年に「パティスリー ケー・サヴール」を創業。30年にわたり地域に根ざした洋菓子店として、生菓子・焼菓子・ギフトなど幅広い商品を製造。素材本来の味を生かしたお菓子づくりを大切にし、季節ごとの商品開発にも力を注いでいます。現在は製造をはじめ、商品開発、品質管理、人材育成を担当。地域に愛される洋菓子店を目指し、お客様に喜んでいただけるお菓子づくりを追求しています。
17年つづく“交換日記”が、
スタッフを独立へ送り出す



1996年創業、当時のケー・サヴールは、隣駅で赤いテントが目印のナチュラルカントリーな洋菓子店でした。2006年に現在地への移転を決めたとき、オーナーシェフ宇佐川善久さんの頭を悩ませたのは新店舗の「テイスト」です。
・百貨店のような高級感に振れば、企業向けの箱ものギフトが動きやすい
・温もりのあるナチュラル系に寄せれば、家族連れが手に取りやすいカジュアルギフトが動きやすい
どちらかに傾けば、どちらかがこぼれ落ちる――。
熟考の末、宇佐川さんは2つの境界をゆるやかに溶かす折衷スタイルを試みました。
大きく重厚な扉を押すと、天井まで届くドライフラワーがお出迎え。
お菓子の甘い香りの向こうから、森にいるようなみどりの匂いがふわり。
「ケーキ屋さんなのに森の中」。そんな不思議な心地よさが広がる店づくりとなりました。

――移転から3年目の2009年。
繁盛とともにスタッフの人数が急増し、言葉を交わす時間がみるみる少なくなっていきました。
「本当は話したいのに、時間が足りない」。思いが行き場をなくし、体調を崩す人も出はじめた頃です。
「交換日記、やってみませんか?」
アルバイトのひと言が、店の空気をやわらかく揺らしました。ルールはただ一つ。
“書きたい人が、書きたいときに書く”
閉店後、その日のできごとを綴ったノートは帰り際に宇佐川さんの机へ。
翌朝、宇佐川さんは赤ペン片手におよそ20冊のノートをめくり、丁寧に返事を書き込んでいきます。
17年間で、インクを使い切った赤ペンはざっと100本、ノートは350冊近くに達したそうです。
この交換日記から、これまでに5人の独立オーナーが誕生しました。


対話する「言葉」、書く「言葉」、そして気づきを促す「言葉」。
宇佐川さんは、なるべく身近な体験談や具体例を引き合いに出しながら、相手に届きやすい言葉や表現を選ぶよう心がけています。
「建前だけで働くと、人はどうしても苦しくなる」
小さなサインを見逃さないよう、頃合いを見て1対1の対話の場も設けるそうです。
本音がふっと顔を出した瞬間こそ、成長のスイッチが入ると感じているから――。
社員用ノートには時間ごとの作業欄も付けられ、業務の“見える化”と心の“見える化”が同じページで進行中。日報でもあり、相談ノートでもあり、交換日記でもある――名前は書き手しだいですが、ページが往復するたびに連帯感が芽吹き、店は静かに、けれど確かに強まっているようです。
「人を大切にするなら、まず言葉を尽くすこと」。
30年かけてにじんだ答えを胸に、今日も宇佐川さんは“赤ペン先生”のようにページを染め続けています。

