お店をつくる人々 Peops

“発酵で世界を幸せにする” ー
和歌山からパリへ、たくあんが海を渡る。
正直に、まっすぐに「おいしい!」をつくり続ける昔ながらの漬物屋。

樽の味 代表取締役社長 / 細田 幸平さん

公開日:2026年5月14日

父とたくあん、
歩幅がそろい景色が変わるとき

2mほどある大きな樽は、その昔、御坊でお醤油屋さんを営むご家族から、お店を廃業される際に父が譲り受けた木樽。
今はこの樽をつくれる職人は日本にわずか数人しかいないという希少な樽。

いまから25年前。御坊で昼どき100席が満席になるレストランを、細田社長の父が切り盛りしていました。看板はハンバーグ定食。けれど皿の端に載せた黄色いたくあんは、いつも残されてしまいます。
「最後の一切れまで、おいしく食べてもらえたら…」そう願った父は、近所のお年寄りに教えを請い、米ぬかと塩だけで白いたくあんを漬け込みました。
するとお客さまは一切れも残さず口に運ぶようになり、店内は笑顔で包まれました。

――無添加のやさしさで、人は幸せになれる。父の胸に、小さな理念の芽が宿った瞬間でした。

その芽を信じ、レストランから漬物屋へ舵を切ります。けれど半年熟成のたくあんは「半年間売れない」商品。値上げに踏み切れず資金繰りは滞り、味もサ―ビスも揺らぎ、従業員の表情までも曇りました。
そんな父の経営に、若き細田社長は反発します。
「いつかこの会社をやめて独立してやる!」
怒りを胸にしまい込んだまま、時間だけが過ぎていきました。

――風向きが変わったのは5~6年前。右腕スタッフが一通の『暮松通信』をそっと差し出します。
毎号読み進めるうち、心の片隅で何かが静かに芽生え始めます。そのスタッフから「暮松さんに直接相談してみませんか?」そう背中を押され、話はとんとん拍子に決まりました。

細田社長は初対面の暮松に、これまで抱えていた父への不満を一気にぶつけました。
共感の言葉を待つ細田社長に、暮松は穏やかに返します。

「お父さんは悪い人やない。やり方をまちがっているだけや」
その一言が、細田社長に“見方”を問い直すきっかけを与えました。
暮松は続けます。
「まずはお父さんを敬って歩み寄ってみたらええ。きっと景色が変わってくるで」

その日から、細田社長の小さな“歩み寄り”が始まりました。
すると不思議なことに、父も少しずつ歩幅を合わせてくれるように。
暮松が手渡した中村天風『成功の実現』は、いまも細田社長のバイブルです。

写真左から:中村(ヘッズ)・大澤さん(右腕スタッフ)・細田社長・暮松(ヘッズ)
今から5~6年前、ヘッズに足を運んでくださり、朝礼やダイニングをご見学いただきました。

『お客さま第一』から『従業員第一』へと
舵を切り、スタッフの様子も変化していった。

スタッフが毎日イキイキと働ける場所、
毎日安心して働ける環境を目指して――。

学びの場はさらに広がりました。
楽天で7年連続ショップ・オブ・ザ・イヤ―を受賞した『たまちゃんショップ』田中耕太郎さんからは、“ビジョンを語り、お客さまを物語の主人公にする”ことを教わります。
講演会で田中さんが語った未来の夢――
「自分達のつくった商品を食べていただけたら、どんなにケンカをしていても、それを忘れて仲直りさせることができるんじゃないか、それって大きく言えば、戦争を終わらせることだって可能になるんじゃないか!」
その言葉が胸に残り、「おいしい食べ物は、怒りも憎しみもすべて溶かし、人を幸せにする
そんな直感が芽吹きました。

さらにGCCで“人本経営”を学び、クレドを整えると、『お客さま第一』から『従業員第一』へと舵を切る勇気が湧きます。値決めを見直し、半年分の仕込み資金を確保。素材も味も本来の姿を取り戻すと、樽の味に活気が戻り、父と社長は自然に肩を並べていました。

発酵がゆっくり旨味を重ねるように、人も会社も、少しずつ熟していくものなのかもしれません。
『発酵で世界を幸せに』――
父が皿のたくあんを見つめて抱いた願いは、いま、親子ふたりが共に進む航路の羅針盤になっています。

そして細田社長は確信しています。
発酵の力で、まず従業員や家族が心から安心できる居場所をつくること。
それこそが“本当に目指したい場所”。

どん底で見えはじめたその輪郭が、静かに、はっきりと浮かび上がっています。

細田社長がつぶやく、
心と身体にやさしいお話

時代おくれの漬物屋ブログ
https://ameblo.jp/hosodakouhei122/
無添加というと、少し堅く聞こえるかもしれません。でも、僕たちが本当に届けたいのは、「我慢して食べる健康食品」ではありません。ちゃんとおいしいこと。続けたくなること。家族に出したくなること。そして、食べたあとにちょっと気持ちがいいこと。そういう、体にも心にもやさしい食べものを作りたいんです。世の中には、便利なものもたくさんあります。それを否定したいわけではありません。ただ、うちはうちのやり方で、正直に、まっすぐに、「これなら自分たちも食べ続けたい」と思えるものを作っていきたい。それが、樽の味のものづくりです。食べた人が少し元気になる。食卓にちょっと笑顔が増える。そんな、ささやかだけど大事な幸せを、これからも届けていきたいと思っています。(時代おくれの漬物屋ブログより抜粋)
  • photo:
    Sota Horii

  • text & edit:
    Miwa Hirozawa