お店をつくる人々 Peops

どんなときも笑顔を絶やさない
大きな愛でまわりを照らす、
優しさと厳しさの素顔②

菓匠FUKUROU 代表/和菓子職人 中山美奈さん

公開日:2025年12月19日

笑顔を生む「美味しさ」の秘密

食べること、作ること――
それは、中山さんの日々の生活の中心にある、なくてはならないもの。
母は料理が得意ではなかったけれど、その分、5歳の頃から一緒に料理をしていました。
料理が大好きで、音楽の絶対音感のような絶対味覚が備わっていて、大きくなってからは、外で食べて「美味しい!」と感じたものは、家で再現してレシピはすべて手書きしていました。
ジャマイカ、ブラジル、メキシコ、タイ、そしてルイジアナのガンボまで、食べたことがない味を知りたい――その一心で世界の味を試していました。

人が好きだから、美味しいものはみんなで分かち合いたい。
子どもが小学生の頃、我が家はちょっとした「こども食堂」のような場所になっていて、近所の子供たちが集まり、タコスやフルーツ大福、上生菓子などを一緒に作り、粉まみれになり笑い合う。自然と「みんなおいでー」と声が出る。料理で場が温まり、人がつながっていくのがうれしくて。

和菓子でも、その「分かち合い」の気持ちは変わらない。
ただ、選ぶ素材には覚悟がある。
母ががん治療をしていた時期、なぜ病気になるのかを徹底的に調べ、添加物のこと、自分の手でつくることの意味を深く考えた。
病と向き合う人にも安心して食べてもらえる菓子でありたい。すべて手作りで、機械化はしないというのは、その信念の表れ。
「大事な人を大事にするために、きちんと素材から向き合う」と中山さんは語ります。

全国の和菓子店も自分の足で回ってきた。食べて「美味しい」と心が震えたら、自分のレシピに落とし込む。外食の再現と同じように、一つ一つの要素を分解して、再構築する。
「好き」は探究心になり、探究心は技に変わる。続けられる理由は、つくるほどに人の笑顔が増えるからだ。
「みんなが「美味しい」って言って、笑顔になる瞬間が、何よりも嬉しいんです」と、中山さんは優しい笑顔を見せる。

夢を追う情熱は
「天真爛漫」と「信じ切る心」

中山さんと話していると、心の奥底から湧き上がるような情熱を感じる。一体、その源泉はどこにあるのだろう――?
「天真爛漫」という言葉がぴたりとあてはまる中山さんの生い立ちは決して裕福とはいえない。
それでも根っからの大阪人気質で、どんなに苦しい時も笑いを忘れず、3人兄弟の末っ子としてのびのび育ち、中山さんは家族にとって光のような存在だったという。
5歳で両親が離婚。母はトリプルワークで奔走し、3人の子供を育て上げた。
苦労を厭わず、常に人に尽くす母の背中。そこには、言葉では言い尽くせないほどの愛情が溢れていといいます。

「お腹が空いたら、飼っていたうさぎに『お餅が食べたい!』ってねだると、翌朝、うさぎ小屋の横に、そっとお餅が置いてあるんです――」
中山さんは大人になるまで、ずっと、うさぎがお餅をついてくれていると信じていたそう。
後になって、忙しい母がスーパーで買ってきてくれた、袋入りの切り餅だったと知った時、胸に深く刻まれたのは「信じ切る心は美しい」という、温かい感動だった。

その心は、迷いなく仕事へと向かっていきました。

18歳で出会った上生菓子の繊細な美しさに感動して、どら焼きを口にした瞬間、天職を確信。
修行の道は決して簡単なものではなく、毎朝3~4時の仕込みのために、愛用のバイクに跨り、眠い目を擦りながら通った日々。
それでも心が折れることはなく、「好き」という気持ちをエンジンにして、ひたすら技術を磨き続けました。

今でも、当時から乗っていたアメリカンバイクに心ときめくという中山さん。
和菓子を作っている時の表情と、バイクに跨る表情から、伝統と革新、優しさと強さ、繊細さと豪快さ―相反する要素を内包していると感じます。

生きていれば、「まさか」という予想外の出来事にも遭遇するけど、そんな時、いつも周りの人々が温かく支え、心の声に耳を傾ける時間を与えてくれた。
息つく暇もない毎日だったが、働くことが何よりも喜びだった。
「こんなに楽しい仕事をして、お給料までいただけるなんて」
楽しむ気持ちこそが、情熱を持続させる揺るぎない原動力。

情熱の源は、派手な出来事の中にあるのではなく、日々の小さな決意の積み重ねこそが、人生を彩るエネルギー源。
伝統への敬意、周りの人々への感謝、そして何よりも、家族への深い愛情。

信じ切る心で人を信じ、手で技を磨き、笑顔で未来へと進む――
日々の一歩一歩こそが、中山さんの情熱を燃やし続ける炎なのだと確信しました。