
“ありがとうね”が受け継がれる
幸せのかたち
アントルメ菓樹・二代目が
息子に渡した、“信頼のバトン”
株式会社 アントルメ菓樹
取締役会長/菓子職人 柴田 博信 さん
公開日:2025年10月15日

2015年ーー私たちはDisplay book vol.04で、熊本のアントルメ菓樹さんに出会いました。
あれから10年。熊本地震という大きな困難を乗り越えつつ、新たな船出の時を迎えています。
2022年、三代目・柴田悠貴さんに事業承継をし、会長となった柴田博信さん。引退後も自己研鑽と健康維持に励み、常に挑戦を続け、多岐にわたってアクティブに活動されています。そんな会長の熱量に溢れ、そして心温まるお話をお伺いしました。
取材にご協力いただいた人

- 柴田 博信 さん
- 株式会社 アントルメ菓樹 取締役会長/菓子職人
- 大学在学中に渡米、有名洋菓子店での修行を経て、35歳で「アントルメ菓樹」をオープン。独創的なフロランタンや進物用ゼリーを開発し、事業を拡大。その卓越した技術は九州大会2度優勝、全国大会で農林水産省食品流通局長賞に輝く。65歳で会社を息子に譲り会長職に就いた後も挑戦を続け、新たに手がけたジェラートは楽天通販でヒット商品となる。常に進化を追求する、飽くなき探求心を持つ生粋の菓子職人。
事業承継の秘訣は、ぜったい口出ししないこと

アントルメ菓樹の二代目、柴田博信さん。
3年前、息子の悠貴さんに経営全般を事業承継をしました。
「事業承継のとき、大切にしたのは“絶対に口出ししない”ということでした。」
柴田博信会長は、三代目・悠貴さんに社長のバトンを渡してからも、何度も不安や迷いがよぎったそうです。それでも「私が出しゃばれば、息子が本当の意味で成長できない」と、ぐっとこらえて、信じて任せることに徹しました。スタッフにも、「これからは私に相談せず、社長に相談してください」と伝えました。

「それは、私自身の苦い体験からきているんです。私も父から事業を継ぎましたが、職人気質のパティシエ同士、味ややり方でどうしても競い合ってしまうところがありました。フランスや有名店で修行した自負もあって、父のケーキを“古い”と思っていたこともあります。ですが、父はお客様の声や、“お客様が食べたいケーキ”に応えていました。一方で私は、“自分のケーキ”ばかりにこだわっていた。そんなとき、小さな子どもに『これ、まずい』と言われて、ハッと自分を見つめ直しました。」そのケーキにはお酒がたっぷり入っていたんです。
親子の承継は、時にやり方や想いの違いで葛藤が生まれるものです。そのためスタッフが戸惑うこともありました。だからこそ、自分の経験を繰り返さないよう、息子には最大限の「信頼」を託したといいます。
“手放す”ことで得られた、新しい幸せ

「厨房に入らないでほしい」と悠貴さんから言われたときは、「正直しょんぼりして……何もやることがなくなってしまった」と笑います。そんな私の姿を見て、新しく挑戦するジェラートの開発・製造を一任されました。いろんな味を試しているうちに、やがて主力商品にまで成長。
「今ではその仕事もすべてスタッフに譲っています。実は、厨房で泡立てることすら、少し億劫になってきたんです」と冗談まじりに笑います。
厨房から退いたあとは、ゴルフ、英会話、ジム通い…そして一番の楽しみは週2回、孫と囲む食卓。
「年に一度だけ息子と春休みに旅行にでかける以外は、昔は夜遅くまで仕事をして、子どもたちは両親に預けていました。今はその役目を自分ができていることが、何より幸せです。夕方明るいうちにシャワーを浴びる――そんな何気ない瞬間も、手放したからこそ得られた小さな幸せです」
これまでのこだわりを手放していくと、その分だけ新しい何かが入ってくるんですよ」と会長。
孫と過ごす時間にも新しいヒントをもらうことが多いと言います。「お子様ランチのおまけに喜ぶ孫の様子を見て、『そうだ、お店にも子どもが喜ぶ“おまけ”を用意できたら。』今までにない発想が思い浮かんだり。七五三や敬老の日など、家族の行事に合わせてみんなで楽しめるワンプレートケーキを作って“アントルメ菓樹に行けば家族で楽しめる”そう思っていただける存在でありたいです。」
熊本地震とお菓子屋の役割

「2016年の熊本地震のときは、店の駐車場を開放し、怖がるお年寄りや子どもたちが集まれる場所を提供しました。水は井戸水、トイレも解放。近くの取引業者さんが、自分の会社も片付けないうちにすぐ駆けつけてくれて、機械を直してくれたおかげで、震災からたった6日でお店を再開することができました。」
すぐに再開したころ、周囲からは「お菓子は贅沢品じゃないの?」「お金儲けのためでは?」と反対の声も上がりました。

そんな中、「今日は孫の誕生日で、どうしてもケーキを食べさせたい」というお婆さんが来られて、 それにお応えすることができたとき、お婆さんが心から喜ばれて。
そのお姿を見て、「お菓子は心を満たす大切なもの」だと確信しました。
そして、「支援物資に頼るだけでなく、自立できることは自立しよう」と、地域の仲間たちにも勇気を出してもらえるような呼びかけをしました。
経営方針は“より豊かな心への提案”


「結局は、人とのふれあい、その優しさが沁みるんです。お客様から「ありがとう」といってもらえることが一番うれしい。お客様との会話の一つひとつが、信頼を築いてきたと思っています。これからも、そういう温かい店であり続けたいです。」
昔の私は「はよ、はよ」(早くしなさい)が口癖でした。でも今は、時間にたっぷり余裕がある。そのおかげで「はよ、はよ」という言葉も手放すことができました。時間的なゆとりは、豊かな心にもつながります。だからこそ、今はスタッフの心を見守ることができ、相談役として寄り添う自分がいます。そして――「“ドアマン”として店頭に立つこと。―番お客様の本音が聞ける、その場所に立つのが、今でも何より大好きです。」

「手放すこと、任せることーーそれは不安もありましたが、私自身が家族や周りの人たちから本当に多くの学びと喜びをもらいました。」
今の私は、家族やスタッフ、地域の皆さんと共に歩んでこられたことに、
心から“ありがとうね”と伝えたいです。
ご協力いただいたお店

- アントルメ菓樹 健軍本店
- https://www.kaju-main.com/
- 店舗情報
- 〒861-2106
熊本県熊本市東区東野1丁目5-5
TEL:096-368-2800
営業時間:10:00~18:00
店休日:1月1日・12月26日
第34回GCC勉強会にご登壇いただきました

- 「受け継がれる菓子作り、挑戦の軌跡とこれから」
- 35歳で独立し「アントルメ菓樹」を開業。伝統やご両親の思いを大切にしながらも、フロランタンや進物ゼリー、ジェラートなど新たな看板商品を生み出し、時代やお客様の変化に柔軟に対応し続けてこられました。ご自身の苦労や挑戦の積み重ねが、商品の力やブランドの成長に繋がっていると感じておられます。
今回は、時代の変化のなかで「お客様にどんな価値を届けるか」「スタッフが主役になれる店づくり」など、柴田様ならではの視点から経営や人材育成のヒントをお話しいただきます。会社運営や人材育成の参考になる内容となっておりますので、下記QRよりご覧ください。 - 過去のGCC講演の動画はアーカイブで
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